[ 作文 / THE IDOLM@STER ] - 「 星凪ぐ夜のおはなし。 」
「 星凪ぐ夜のおはなし。 」



* * * * * * * * * * *



「浴衣、着て来られれば良かったのにね」
そんな残念そうな春香の呟きがこぼれたのは、二時間程前のレッスンスタジオの玄関先でのことだった。
「それは仕方ないわ、元々レッスンの帰りで時間もないことだし、何より、春香の帰宅時間もあるのだから」



『今度の七夕の日、レッスンスタジオの近くでお祭りがあるんだって。千早ちゃん、その日レッスン一緒だし、良かったら、行かない?お祭り』



前々から春香にそう誘われていて、私もレッスンスタジオの近くなら、と了承していた。
もっとも、こうしたお祭りに行くのは本当にひさしぶりのことで、春香から声をかけられなければ、到底赴くこともなかっただろう。

「うー…浴衣ー…」
ぷっくりと両頬を膨らませ、いまだ断ち切れない未練を口にする春香に、
「もうその辺りにしておいて、ほら、急ぎましょう、春香」
私は声をかけ、そっと右手を差し出した。
すると、それまで駄々っ子のような表情を浮かべていた春香の顔は瞬時にして晴れやかになり、
「…うん!」
満面の笑みを浮かべ、いつも通りの春香らしい明るい返事とともに、春香は、私の差し出した右手を、自身の左手でやさしく握りかえしてきた。


* * *


程なくして到着したお祭りの会場のある神社前の通りは、ずらりと軒を連ねる夜店と、それらに集まる人の群れで、かなりの賑わいを見せていた。
「春香、離れないようにね」
そう云って、私は春香と繋いでいる手を今一度しっかりと握りなおした。
この人混みのなかではぐれてしまったり、また、いつものように彼女が転んでしまうことは、それが惨事の弾き爪にもなりかねない。責任は極めて重大だ。
「うわ、わ、ち、千早ちゃんっ!」
春香は既に人波に揉まれ、必死に私の手を離さないように握りつづけている。
そうして人のひしめく通りをどうにか抜け、会場である神社に着いた私たちの目にまず飛び込んできたのは、蒼の濃くなった夕暮れ空を射抜くように伸びる、神社の境内に飾られた幾つもの細長い竹だった。
その枝葉に願いごとを書いた短冊を飾ることができるようにと、竹の脇に短冊へ記入することのできるスペースが設けられていたのだが、そのスペースを見つけるなり、
「あ!千早ちゃん、あれ!ね、私たちも書いていこうよ!」
と、今し方まで人波に揉まれクタクタになっていた誰かさんは、すっかりとその瞳に生気を取り戻していた。
こうして、まるで水を得た魚かお気に入りの遊び場を見つけた子供のように、両目をきらきらと輝かせた春香に促されるままに、私も一緒に短冊に願い事を書き記し、飾ることとなった。

スペースには簡易的な会議用机が二つ並べられており、一度に四人が書き込める程度の広で、机上には色とりどりの短冊、そしてペンが並べられていた。
列に並び、やがて自分たちの順番が来ると、春香は紅色の、私は水色の短冊を手に取り、私たちは早速、短冊に向かい願いごとを書き始めた。

「なんて書こうかなあ。あれ…いや、でも、あっちの願いごとの方が…」
ああでもない、こうでもないと、春香は独り呟きながら、短冊に書こうと考えている願いごとの吟味に悪戦苦闘していた。
「そんなにお願いしたいことがあるの?」
思わず、問いかけてみた、のだが。
「え、ひょっとして、千早ちゃんは最初から願いごと決まってたりする、の?」
そう云った春香に、逆に訊きかえされてしまった。
「えっ…?」
「あ〜、決まってるんだ!ね、何てお願いごとしたの?」
興味津々、と顔に書いてあるかのように、爛々と瞳を輝かせる春香。
「えっ、あっ、いや、それは…」
必要以上に熱い春香の眼差しに私は惑い、咄嗟に書きかけの短冊を脇に隠してしまった。
「あっ、隠した」
春香が口を尖らせ幼子のような抗議の姿勢を見せる。

別に見せようと思えば見せても構わない。
ただ、私の願いごとがもし彼女を落胆させてしまったとしたら、最悪の場合、願いごとを目にした彼女自身を不快にさせ、傷つけてしまったとしたら―――。
そう考えると、どうしても私は躊躇いを隠せずにいた。

「べ、別に大した内容ではないわ…」
目を逸らし、言葉を詰まらせ、それは寧ろ気にかけてくれと云っているような云い草で。
「えー…ますます怪しいなー」
訝しげに私を見つめる彼女の表情は、擬音を使うならば“ウズウズ”していると云う表現が正しく当て嵌まるような、既に探究心が限界値に来ているようだ。
先程も述べたように、別に見られるのは構わない。
ただ今の私は、見せたその後の彼女の反応を知ることに少々怖じ気付いてしまっていることと、求められれば、躊躇ってしまうのが人間の悲しい性と云うか……正直なところ、どちらに転べば良いのかと、自分自身、判断を下せずに狼狽していたのだった。
そんな私の内情を知るわけもなく、先程にも増して熱く注がれる、春香の飽くなき追及の視線。
その視線が、脇に退けられた短冊の方へと注がれようとしていた―――その矢先。

「すいませーん、後ろ詰まってるんで、早くしてもらえませんかー?」

そう不満気に声を投げかけてきたのは、私たちの後ろに並んでいた順番待ちの人々だった。
「えっ?…あっ!す、すみませんっ!」
そうだった。この列には自分たち以外にも順番を待つ人々が並んでいたと云うのに、私たちはそれを忘れて長々とその場に立ち止まり、居座ってしまっていたのだ。
そのことに気付いた私たち二人は慌てふためき、中途で手を止めてしまっていた短冊へ願いごとを書き込む作業を手早く済ませると、急いでお互いの列から外れ、自分たちの背丈程の位置までしな垂れた枝へと短冊を括り付けた。
そうして目的を果たした私たちは、気不味さも手伝って、逃げるようにその場から足早に立ち去ったのだった。


* * *


「うう、後ろに順番待ちの人たちが居たの、すっかり忘れてた…」

そう云った春香は、気恥ずかしさからか顔を俯かせ、足取りも重く神社を後にしていた。
先程の出来事が意外な程に響いたのか、春香は短冊を吊るした後、普段ならばあれこれと目移りさせながら渡り歩いていたであろう夜店にも一切目もくれず、とぼとぼと寂しそうな空気を背中に背負いながら、ただひたすらに先程来たみちを戻り、歩きつづけていた。
「…は、春香、夜店は良いの?あなた、結構楽しみにしていたようだけれど」
肩を落とした春香の姿があまりにも物寂しくて、私はそう声をかけてみたのだけれど、
「…うん、今日は、もういい…」
春香のモチベーションは依然として上がる気配を見せず、
「…じゃあ、少し早いけれど、駅まで送るわ」
今の私にはそう告げるのが精一杯で、内心はさてどうしたものかと思案に余っているような状態だった。
私の言葉に、春香は小さく頷きこたえる。

駅までつづく、コンクリートの無機質な道程。
濃紺と橙色のグラデーションが広がる夕空には星が微かに点在していて、間も無く梅雨明けを迎えようとしている夏の湿風は、生温く肌にまとわりついてきて。
そんなみちを、横に並びながら半分まで歩き終えた頃だろうか。

「……千早ちゃん」
それまで頑なに、と云うわけではないのだろうが、俯き、口を閉ざしていた春香が、不意に私の名を呼んだ。
「どうしたの、春香」
名を呼ばれ、私は右隣を歩く春香の方へと視線を向けようとした。
と、私が春香に視線を移すよりもほんの少し早く、春香は、突然に私の右腕に抱きついてきた。
「は、春香っ!?」
突然の出来事に、私は思わず声を上げてしまう。
「ど、どうしたの、一体…」
まるでしがみ付くかのように、春香は、自身の両腕を私の右腕に回している。
「…ね、千早ちゃん、」
春香はもう一度、私の名を口にする。
「なに、春香?」
「……あの、ね………」
視線の先には、何かを云い出したそうな表情を浮かべた春香の顔がある。
その表情からは、肝心な言葉をなかなか口にすることができずにすっかりと困惑している、
と云った春香の内情がありありと伝わってきた。
普段ならば、臆面もなく口に出せる、簡単な言葉。
でも、こんなときに限っては、“そんな言葉”が、どんなに難解な台詞よりも口にするのが難しい。

それは、私自身も良く理解っていることだから。
だから。

「…駅に着くまでの間よ」
「え…?」
「その…腕を組んで歩く、こと」

春香が口に出すことを躊躇している“そんな言葉”を、敢えて、私は口にしてみる。

「―――うんっ」

それで春香に笑顔が戻るのならば、私も本望だ。


* * *


「あっ、そうだ。ねえ、千早ちゃん」

すっかりと笑顔を取り戻した春香が、ふと何かを思い出したかのように口を開く。
「なに、春香?」
「千早ちゃんは、さっきの、結局何て書いたの?」
そう云って、右腕に抱きついていた春香は顔をぐいッと急接近させて、私の顔を覗き込んできた。
「えっ?」
不意に振られた話題と、急激に近くなった春香との距離に、私は思わず上擦った声を漏らし、その場に立ち止まってしまった。
鼓動が、跳ね上がるようにスピードを上げたのが理解った。
「ね・が・い・ご・と」
そう云って、念を押すように春香はビッと右手の人差し指を一本、私の顔の前に突き立てる。
「え?あ、ああ…、さっきの、短冊のこと?」
「そう、それ。さっきはあんなことになっちゃって聞けずじまいだったけど、結局、千早ちゃんは何て願いごとを書いたの?やっぱり、歌に関すること?…あ、ひょっとして恋愛関係?」
「そ、そんなんじゃ…ッ!…あ、いや、え…と、それ…は…その……」
唾を飲み込み、たじろぐ私の顔を覗き込む春香の瞳に、再び好奇心の色が戻りつつあることは明白で。
「えー?ますます気になるな〜」
私としても、春香が再び元気を取り戻しつつあると云う意味では歓迎すべきことなのだが、アクシデントによるものとは云え、先程は何とかかわすことのできた詰問が再浮上したことに関しては、いささか表情を強張らせてしまった。
こんなとき、先程の“そんな言葉”を口にすることができたときのように、堂々と“願いごと”を告白してしまえれば良いのだが、いざ自分のこととなると、どうにも躊躇いが生じてしまう自分が情けない。
「そんなに誰にも云えないようなこと書いたの?」
図らずも沈黙してしまった私に、痺れを切らしたように春香が詰め寄る。彼女との距離が更に縮まっていく。

「は、春香…顔が…」

距離が、縮まり。

「…私は、“千早ちゃんとこれからもずっと一緒に居られますように”って書いたんだけどな」

「え…」

ふと、我が耳を疑ってしまうような彼女の呟きが、静かに耳へと届く。

「もちろん、お仕事に関することも確かに大切だけど、でも、私は千早ちゃんといつまでも一緒に居られることが一番大切だから」

「…春香」

少し照れくさそうに微笑う彼女の口から発せられた、彼女の“願いごと”。
その言葉からは、彼女が私のことをどう想ってくれているかと云うことが、充分に窺い知ることができたし、その“願いごと”はやさしい音色を伴って、私の胸の内で幾重にも反響を繰りかえしていた。
私は、彼女のその“願いごと”に胸がいっぱいになっていたのだ。

そうして、しばらく余韻に浸っていた私の姿を見て、きっと私が呆然としてしまっていると思ったのだろう。

「…あ!でも、あの、千早ちゃんはやっぱり歌うことが一番大切だって云ってたし、い、今のは、私が勝手に思ってるだけのことだから、その、ひょっとしたら千早ちゃんは、いきなりそんなこと云われて迷惑じゃないかなって、思ったり……あの、だから……その……」

私の状況を目にした春香は、ハッとした表情を浮かべると、両目を泳がせ、しどろもどろになりながらも、必死に弁明の言葉をつづけた。

そんな春香の姿に、先程までの頑なな姿勢もすっかり解けて。

「ふふっ」

私は、思わず笑い声を漏らしてしまった。

「えっ!?ち、千早、ちゃん?」
不意に笑い声を漏らした私に驚いた春香は、泳がせていた視線を慌てて私に向ける。
「ごめんなさい、そんな、笑うつもりはなかったのだけれど…」
そう謝罪している間も、私の顔はすっかりと緩んでしまっていて、春香は私のそんな様子にますます首を捻るばかりだった。
「ど、どうしたの、急に」
「…春香が、」
「え?」
「春香が、そんな風にわたしのことを想ってくれていたのが、嬉しかったの」
「…千早ちゃん」
「それに、本当のことを云うと、ちょっと怖かったの」
「怖かった?」
「私が“願いごと”を頑なに教えなかったのは、もし、私の“願いごと”を聞いた春香をがっかりさせてしまったらどうしようって、ひょっとしたら傷つけてしまうんじゃないかって、そう思ったからなの。ごめんなさい、こう云うことは本来はあまり口にすべきことではないのだけれど」
「そんなこと…!」
「―――でも、さっきの春香の言葉を聞いた今なら、自信を持って云えるわ」
「…言葉?」
「そう、」
今度は、私から春香の耳元へ顔を近付け、おもむろに囁いてみる。


「私の“願いごと”は、“春香といつまでも一緒に居られますように”―――って、そう書いたのよ」


囁き、春香の耳元から顔を離す。と、そこにあったのは、程なくして真っ赤に色付いた春香の顔だった。
「ちっ…千早ちゃ……それって……」
すっかり片言になってしまった春香の問いに、私は、後悔の念を含めた苦笑いをかえす。
「…その、こんなことなら、勿体ぶらずに、最初にきちんと見せておけばよかったわね」
「うっ……うん…」
話し方に次いで身体も何処となくぎこちない動きを見せる春香を引っ張るように、私は再び歩み始める。
「春香、大丈夫?」
「う、ん、だ、だいじょう、ぶ…」
「…全然そんな風には見えないのだけれど」
「う……千早ちゃんのイジワル…」


そんな他愛のない会話を重ねているうちに、目的地である駅はもう既に目前まで迫り、私たちの腕時計の大小の針は、当初予定していたタイムスケジュールに概ね沿った時刻を刻んでいた。



ただ、駅に着こうとしていると云うのに、私の右腕に回された春香の両腕は、一向に解除される気配はなかったのだけれど。

もっとも、私もその腕を解かせようとは微塵にも思っていなかったのだけれども。



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alice katan
作文

thema:二次創作小説 - genre:アニメ・コミック


[ 作文 / THE IDOLM@STER ] - 「 a modest. 」
「 a modest. 」



* * * * * * * * * * *



「あ、なあ、律子」

先に声をかけてきたのはあちらの方だった。

「俺、もう少ししたら例の件で出張に出ちゃうけど、その間の皆の面倒、よろしく頼むな」

事務所の机の上に散乱した複数の打ち合わせ用の資料を慌ただしく整理しながら、“誰かさん”――プロデューサーは、目の前の机で書類の処理に同じくして追われていた私にそう声をかけた。

「ええ、わかってます。でも、面倒って云っても、皆ある程度の年齢なんですから、必要最低限のことは自分達でやって貰いますよ。それに私、明日はオフだからどのみち事務所には居ませんし」

顔を上げることもなく、私は書類に目を通しながら言葉を返す。

「相変わらず厳しいねえ、律子プロデューサーは」

整理し終えた資料を鞄に次々詰め込みながら、プロデューサーは冗談めかすように呟いた。

「本職の誰かさんが皆を甘やかし過ぎるから、似非プロデューサーの鞭役が必要なんですよ」

私は席を立ち上がり、だいぶ分厚くなってきたファイルを真後ろの棚から二、三取り出す。

「はは、手厳しいな。…俺、そんなに甘やかしてるか?」

「まあ、少なくともお子様チームに関しては間違いないですね。と云うか、傍から見ていても振り回されている感がありますから」

「うーん……自分じゃ結構厳しくしている面もあると思うんだけどなあ」

「人間、過信は失敗の第一歩ですから。プロデューサーも気をつけてくださいね」

「ご忠告、痛み入ります」

頭を掻きながら、プロデューサーは苦笑を浮かべる。

「もう…しっかりしてください、プロデューサー。此処のところ急激に仕事が増えて忙しいのはわかりますけど、なんだかんだ云って、皆まだまだプロデューサー頼みなところが大きいんですから」

私は取り出したファイルを机の脇に積み重ね、目の前で苦笑いしているプロデューサーに声をかけた。
それは、一応の私なりの激励のつもりだった、のだが。

「…それって、律子もってこと?」

唐突に質問を切り出すプロデューサー。
どう云うわけかはわからないが、その表情は何かを期待している小動物のようだ。

「えっ?え…ええ、まあ、アイドル活動に限定して云えば…そう、ですね」

不意の質問に私は一瞬戸惑いつつ返答したが、実際問題として、アイドル活動においてはいまだプロデューサーに依存している面も多く、強ち間違ってはいなかった。

その、私の返答を聞いたときのプロデューサーの表情と云ったら。

「……そっか」

律子もまだまだ手がかかるもんなー、と締まりの無い表情で笑うプロデューサー。

そこは笑うところじゃありません、とぴしゃりと云い放つつもりで私はプロデューサーに目をやったのだが、ふと、出逢った頃と変わらない様子で、相変わらず何処か子供っぽく、でも、本当に嬉しそうに笑うプロデューサーの顔を目にしているうちに、自然と自分自身の顔も綻んできていることに気付き、

「……そうですよ。私だって、ようやくスタート地点に立ったばっかりなんですから、今此処で伴走者に倒れられたら困るんですよ?……だからプロデューサー、あまり無理はし過ぎないでくださいね」

そう云って、もともとの言葉を押し止め、飲みこんだ。


 ああ、本当にこの人はまあ、なんて子供みたいに無邪気な―――


「ああ、わかってるよ、律子。…ありがとうな」

プロデューサーは、それまでのにやけた笑顔ではなく、ささなやかな喜びを噛み締めるかのように、やわらかな微笑みを湛えながら、そう言葉を返してくれた。


 ―――本当にこの笑顔に弱いんだろうな、私


口には絶対出せないけれど、私はそんな自身の気持ちを、こころの奥底でひとり再認識していた。


口には絶対、出さないけれど。









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alice katan
作文

thema:二次創作小説 - genre:アニメ・コミック


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